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機会を与えれば、どんどん伸びる...と言えるかどうか

タイプⅡ:天才型

世の中にはエリート教育、天才児教育、早期教育などと呼ばれる教育がある。一口に英才教育ということもある。要するに、能力をどんどん伸ばす教育だ。

ま、世の中の親は、誰でも子どもにがんばって、力をつけ、能力を伸ばして欲しいと望んでいる。そこで、さまざまな習い事をさせたり、塾に行かせたり...それなりの努力をしている。私だって子どもには多少の習い事をさせたので、その気持ちはよく分かる。

それがどの程度の効果を上げるかは分からないが、親の願いが暴走して、超有名大学に入って欲しいとか、あわよくばゴルフの○○君や、スケートの○○ちゃんみたいになって欲しいなどとなると...私なぞは、ちょっと考えてしまう。

うーん、どうなんだろうね。小さい頃から特訓すれば、子どもはどんどん伸びるのだろうか。

いや、伸びる! 子どもは教育次第で無限の可能性を持つ!などと言う本が巷にはあふれている。個々の本や指導法については、ここでは触れない。失礼だし、そもそも議論になっても結論は出ない。平行線のまま終わるに決まっているからだ。

また、先に挙げたゴルフの○○君だって、スケートの○○ちゃんだって小さい頃から特訓を受けたから今のようになったわけで、特訓をしていなければ、平凡なゴルファー、平凡なスケーターで終わっただろうし、そもそも、はじめっから何もしていなければ、ちょっと運動神経の良い程度の子で終わった可能性はある。

と言うことで特訓をした結果、彼らは世界に名の知れたアスリートになったわけだ。経験の効果はかくも偉大なのだ! 特訓万歳! かな?

[仮説]
1) もし、先の超のつくアスリートが特訓を受けなければ普通の少年になったはずだ。
2) よって、特訓すれば、あのように(ま、程度の差はあっても)能力を開花させる可能性がある。

実は、この仮説には大きな問題がある。

1)は正しい。絶対に正しい。しかし、だ。 1)は、そのような才能を持った子どもたちにとって、実は一種の環境要因欠如状態なのだ。愛情豊かな環境が与えられないことによって生じる「ホスピタリズム」と類似した、運動的「ホスピタリズム」とでも呼べる状態なのだ。

大きな才能を持って生まれた彼らには豊かな環境が必要なのだ。それが与えられなければ、彼らの才能は萎縮して、時には消滅してしまうか。後でそれを補っても、可能性はもはや残されていない。だから、確かに「彼ら」には当てはまるのだ。彼らの才能にとって必要な環境を十分与えることで、彼らの才能がフルに開花するのだから。

ただし、繰り返すが、彼らの才能が大きかっただけ必要とする運動環境も豊かに必要だったのだ。だから、豊かな環境が与えられたために、ホスピタリズム状況から抜け出して才能が開花したのだ。

そう考えて行くと、2)は間違っている。子どもの才能が大きくない場合には、それほど豊かな環境は必要ない。仮に、豊かな環境を与えてもその環境を十分生かすことができずにおぼれてしまう。その結果、劣等感が形成されることもあるし、心に傷が残ることも出てくるだろう。

これは、前回挙げた、塩のたとえに似ているね。

必要に応じて(激しい運動をして多量に汗をかいた後など)塩を取ることは必要だ。取れば元気になる。しかし、それだからと言って、さして暑くもない日に、大して運動してもいないのに大量の塩を取ることは...身体に害を与える危険(高血圧など)があるわけだ。

英会話でもそういう面はある。ま、日本人はほとんどは体験欠如状態(英会話経験欠如)だから、オンライン英会話などで機会を与えれば、どんどん伸びる人も出てくると思う。どんどん伸びるまでは行かなくても、初心者であれば、欠如状態は深いのだから、伸びる余地は大きい。

次は、幼児期の英語教育の効果について

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