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日本の地理的、政治的状況と英語への意識

日本の英語が、そもそも文化を日本に輸入するための道具として始まったということを前回述べた。

英語教育史なるものがあるらしいのだが、私はその専門家ではない。もし、そういう専門家の方が私の文を読んで間違いを見つけたら、指摘していただければ幸いだ。このブログの内容は、現在まで教育全般に関わってきた筆者の個人的な解釈だから、間違っている部分もあるだろう。

さて、ともあれ、日本では「読むこと」から始まったというのは、地理的な状況から見ても当然だった。それはどういうことか。「島国である」ということだ。しかも、日本から東にはもうハワイに至るまで島が存在しない。ヨーロッパから見て、「東の果て」=「極東」なのである。(おお、寂しいなぁ)

それはまた、ヨーロッパから遠いことを意味する。しかも、この国は強力な中央集権国家(徳川幕府)による、安定した統一国家であり、占領して自国領土にするにはちと面倒だ。

もちろん、日本侵略の企てがまったくなかったわけではない。古くは現在のモンゴルに誕生した元帝国が日本に押し寄せているし、江戸時代末期には、英米露などが、日本にも関心を寄せていた。

ともあれ、日本は占領を免れた。徳川幕府の功績だな、これは。鎖国も意味はあったのだ。ともあれ、日本が占領され、外国人が押しかけてくる事態は避けられた。

しかし、である。その代わり庶民は外国人と接する機会を失ってしまった。自分の回りに外国人がいないのだ。その結果、コミュニケーションの道具としての外国語を学ぶ必要性がまったくなかった。外国語を学ぼう、それを話せるようになろうという意識は、日本中の誰も持っていなかっただろう。話す必要性がまったくないのだから。

そのようなわけで、日本人は「外国人と接する時に必要だ」、「話せないと商売ができないし、生活もできない」と言う体験をすることがなかった。その結果、外国語によるコミュニケーションの道具としての言葉という意識は生まれなかった。

この語学に関する意識は未だに脈々と続いている。中学生や高校生が英語を勉強するのはなぜだろうか。「受験のため」なのだ。外国人と話す必要があるからではない。受験の時に英語の試験があるからなのだ。

もちろん、最近は英会話に対する意識は変わってきて、「英語で話せるようになりたい」と言う人は多くなってきた。大手の英会話学校や、オンライン英会話スクールなどが掃いて捨てるほど存在することは、そして、どこもそこそこ生徒が来ていることは、日本人の意識の変化を示すものだ。

しかし、しかしだ。それでも、日本人の大多数は、「英語は使うことがない」と考えている。それらの人々にとっては、英語は、「日本史」「数学」など同じように、単なる知識にしか過ぎないのだよ。

以前にも書いたが、もう、実はそんなことを言っていられる時代ではない。英語をコミュニケーションの道具として、実際に必要とする時代になっているのだ。

そろそろ日本人も英語に対する見方を変える必要があるだろう。ASET 英会話スクールは、そういった日本人の英語に対する意識を変えるために、いろいろと対策を考えている。現在はオンラインの英会話だけだが、今後、効果が高く安い海外英語留学、ツアーなども企画していく予定だ。(やや、誇大妄想気味 ^ ^; )

次回、第二次世界大戦前後の変化についてのべることにしよう。

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