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日本の英語教育の変遷とその欠陥:受験英語

日本の英語教育をみていると、本当にその欠陥にうんざりさせられる。

言葉はコミュニケーションの道具だ。つまり、人と人とが、意志や感情、思考などを相手に伝えるための道具なのだ。自分の考えていることを相手に伝えればよいのである。複雑な内容を正確に伝えるということも重要だけれど、 ともかく、まず基本的な意志の疎通ができれば良い。

“What do you like?” と聞かれて、”This one” ...これがコミュニケーションなんだ。要するに自分の考えを伝え、相手が理解すればよい。その意味では、ブロークンであろうが何だろうがかまわない。いいたいことが大まかに伝わればよい。

そう考えれば、英会話なんて簡単なものだ。中学校で学んだ単語や文の五分の一程度でいいから、徹底的に覚えていればよい。だいたい、何とか自分のいいたいことは伝えられる。その意味では、日本人はほとんど全員英語を話せるはずだ。

さて英語教育の話に戻る。 戦後の英語教育だ。

進駐軍が日本に入ってきた。最初、占領軍の外人たちは日本人を警戒したことだろう。何しろ、日本人と戦ってきた彼らは、日本人に恨まれている...と考えたと思う。そう考えるのは当然だ、目の前にいる日本人の家族、親・兄弟・夫・妻を殺したわけだから。もちろん、直接ではないけれど、殺した側の一員であることは間違いない。

ところが、ルース・ベネディクトの「菊と刀」だったと思うが、こういう言葉が出てくる。

「日本ほど占領が容易な国はそれまでになかった」「あちこちで頑強な抵抗に遭うと覚悟して日本に進駐した彼らは、驚いたことに、日本中のどこに行っても、旗を振って歓迎されたのである」

ま、これは余談だが、この結果、彼らは日本中で一般の人々と気楽に接することになる。これは、まさに、英会話教育を強化するための絶好の機会であったのだ...が。

戦後の英語教育の変遷について、筆者は詳しくは知らない。ただいえることは、この時代の後に始まる科学教育重視教育の流れの中で(科学教育重視は、米ソの対立の中で原子爆弾開発競争、宇宙開発競争という環境の中で、日本もそれに乗ったのだ)、英語教育は、元の英語読解教育へと戻っていった。

進駐軍は次第に減少して行き、外人が周りから姿を消した。話す機会は消滅し、日本は読み・書きの英語教育に戻っていく。それに輪をかけたのが、日本の高度成長に伴う進学率の向上と受験競争の激化だった。

それは現在に至る。受験の中に出てくる英語は、「選別のための英語」だから、「適当であろうと何であろうと意志を通じあえる能力」ではなく、「正確な知識」を問うものになる。だから、そのための英語教育は、正確な文法理解、単語暗記が中心になる。

この教育は現在に至っている。

やれやれだ。これではいつまでたっても日本人は外人とコミュニケーションできるようにはならない。正確な英語を話すこと、間違えたら罰をもらうことなど、徹底して経験した日本人は、英語でコミュニケーションすることに基本的に不安を覚える。

加えて、ベネディクトのいう、「恥の文化」の日本である。間違って恥をかきたくない....

ASET Schoolは、そういった萎縮した日本人が、オンライン英会話という、相手が見えず、間違っても他の人が聞いていないという、恥をかく機会が少ないという特性を生かしたスクールだ。間違っても何でもいいから、とにかく英語を口にするように、楽しく英語でコミュニケーションする体験を提供するものなんだ。

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