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文法優先の日本人が見るとフィリピン人は文法が弱い

フィリピン人の先生が「文法が弱い」と書いた。いや、弱いと言うよりも、「意識していないので、急に聞かれると説明できないことがある」ということだ。

実は、これは、逆に日本人が「英文法に詳し過ぎる」ことにも関係がある。たとえば、次のような決まりだ。

「that節中で〈驚き・話し手の感情や判断・必要・提案・主張〉などを表すときには、動詞の前にshouldをつける。あるいはshould を省略して動詞を原形にする」

高校英語で学ぶ内容だと思うんだけれど...あなた分かりますか? いや、意味は分かりますが、英会話や英語メールを書くときに意識しますか?
こーんな難しいこと...私も、一応は知っているけれど、そんな難しいことを意識して英語を話していませんよ。

と言うわけで、日本の英語教育は緻密、精妙にしてまったく役立たない...と。 英語教育が専門の方から見れば「けしからん」ことを私は主張したい。こんな教育ばかりやっていると、日本人は国際化から取り残されますよ。

いや、良いんです。文法の知識があることは結構なことなんです。正しい英語をきちんと教えることは悪いことではない。ただし、偏っていませんか? と言うことです。

そのことは英語をなぜ学ぶかを考えたら分かる。言葉はコミュニケーションの道具であって、実際にコミュニケーションに用いられて初めて価値がある。

そのことを考えもせず、小難しい文法や表現を取り上げて「ああでもない、こうでもない。いや、それはこうでなければならない」なんて議論しているだけでは、「暇人の道楽」....(ごめんなさい。そう言うことに興味がある方には、それは意味があるんです。そのことは否定はしません。切手収集であっても、コンサート巡りであっても、その本人にとって意味があれば、それは価値があるんです)

筆者が言いたいのは、学校教育は社会で生きていくための基礎的な力、世界を理解するための基礎的な知識、社会で生きていくための基礎的な能力を養成することだと言うことだ。 だから、英語も「趣味的」に教えるのではなく、「実用」になるように教えることが必要だと思う。

それがなされいていないことを批判しているんだ。ま、高校受験も、大学受験も「文法」の知識を重視しているから、学校でも熱心に指導しなければならないのは分かるけれどね。

おっと本筋から離れた。

このように、日本人は「文法」を勉強しすぎる。だもんだから、英文法の知識はやたら豊富だけれど、そして、それ故に余計に「文法」に関心のないフィリピン人のオンライン英会話教員が「文法に弱い」という印象ができてしまうんだ。

英語は、コミュニケーションの道具なんだ。それを自由に使いこなしているオンライン英会話スクールのフィリピン人が「文法に弱い」ことを馬鹿にしてはいけない。

とはいえ、基礎的な文法をしっかり覚えることは、英会話には絶対必要なので、ASET School はそれをレッスンに取り入れている。また、「英会話」だけではなく、「英語」を長い間指導してきた日本人担当者が、基本的な文法的な質問には回答することにしてある。

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