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日本の英語教育の始まりは「英文を読む」ことだった

英語の教育について考えている。

なぜ、日本人は6年間も英語を勉強していながら、英語が話せないのだろう。

理由はいろいろ考えられる。これからしばらく、このテーマで書こうと思う。

今回はその1回目だ。

[日本の英語教育事始め]

明治維新で日本は世界史でもまれに見る大変革を遂げた。鎖国政策により、現代的な表現を借りれば、「文化のガラパゴス島」となっていたのだが、開国により、一気に、海外の文化を取り入れることになった。

当時の政府の危機感は相当なものであったろう。何回かの欧米との交戦(下関や島津藩など)で、欧米諸国の軍事力などを思い知られされたのだから。このままでは、日本は清国の二の舞になる。そこで、政府は欧米の軍事力、その背景となる政治形態、文化などを大急ぎで取り入れた。

欧米文化を取り入れるのに最も効率が良いのは、書物を利用することである。人を呼んで教えを請うことも、技術を、欧米の技術者から教わるのも必要だが、時間がかかる上に少人数にしか教え込めない。

そういこともあって、政府は語学教育に力を入れるた。ここが、そもそも日本人が英会話が苦手になった原因だった。日本の語学教育は、欧米文化を取り入れるために、「読む」ことに力点が置かれたのだ。その伝統は今でも脈々と受け継がれている。

他の国では事情が違う。植民地化された国々を見れば分かるが、彼らが最初に必要としたのは、支配者としてその国に来た欧米人とコミュニケーションをはかる力、つまり会話の力だ。読み書きは二の次となる。

そのことは、今でも日本に来て働く外国人を見ればすぐに分かる。彼らは、日本で生活するために日本語会話を必要とする。そのために、読み書きよりも先に聞き・話すことを覚える。

語学の指導をしていると良く言われるのが、「なぜ、そんなに文法にこだわるのか」、「次々と必要な表現を覚えれば、言葉はすぐに話せるようになるのではないか」と言うことだ。

うーむ。確かにそうなのだ。筆者はアフリカに関わっているために、英会話の力も必要とするが、スワヒリ語という現地語も時に話すことが必要とされる。最初、日本人的に文法を主に学んだ。確かに応用も効くし、文も作りやすい。 しかし、である。しゃべれないのだ。 日常生活に必要とされる会話を覚えていないからだ。

とはいえ、日本の英語教育の方法を骨の髄までたたき込まれた私には、こういった勉強法はなかなか難しい。どうしても、文の構造などに目がいってしまう。 それは仕方ないでだろう。日本の英語教育の形は、次回以降で述べるがそれなりに利点があり、日本人のすべての人はそれになじんでしまっているのだから。

次回以降、さらに日本の英語教育を考えていこう。

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